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五千日の天秤は一夜に揺れる

遠く遠く、さざなみ立つ水平線がささやかに、まばゆい星々を抱えて揺れている。 華やかな祭りの時間は過ぎ、残るはかすかな煙だけ。 何かを等しく大切にはできないし、同じように等しく突き放すこともできないから。 淡く深い後悔も、確かにあった幸福も、すべてはこの胸の内に。

流れ星は帰らない

数日間の厄介払いだったのか、大人の都合を隠す優しさだったのか、それすら私には分からない。 赤と青、ガーディとロコン、遊園地と図書館、あの子とこの子。いつの間にか持たされた秤に、いつの間にか何かが、誰かが乗っている。ひとつずつ、丁寧に選びとって落とした。

託しもの

「ああここで話してたって、いつまで経っても埒が明きやしない。これ、持ってくからね。」「好きなだけ持っていけ。俺はここで魔具を作ってるから。外は任せた。」さっきまで怒鳴り合っていた指導員は、もううんざりしたとばかりにスンと話を切り上げ、お互い…

入用のもの

ソニアが階段を折りて訪れた作成室は、慌ただしい雰囲気で満たされていました。同じく閉じ込められ、ああでもないこうでもないと右往左往する指導員や商業棟のスタッフ達は絶えず、半ば怒鳴るように小難しい話をぶつけ合っています。ソニアは自分の専門分野と…

願え小ネズミ

草陰に隠れて、のたうち回るような幾筋もの地響きをやり過ごした。私の小さい体で無策に飛び出せば、この地面の下を無秩序に食い荒らす魔物に飲み込まれてしまうことは明白だ。しかし、この小さい体のお陰であの巨躯や魔物のような、人のような何かに見つから…

その魔法は世界の一欠片

赤く塗られた扉が目の前にあった。手をかけてゆっくり開くと謎の文様が浮かび上がる。この部屋に入ったことは学生時代も指導員になってからも一度もない。文様は私の知らない防護魔法の陣か、それとも入退室の記録がされる自動書記系の陣だろうか。火薬草の保…

栗鼠と火薬草

「これは……火薬草」袋に刻まれた防火の魔法陣を見て、水をまとわせたつもりでいた無防備な手に気付く。今のところ目立った命の危険に晒されてはいないとはいえ、この未曾有の緊急事態で魔法が使えないことを度々忘れそうになってしまうのは如何なものか。袋…