水平線の近く、入道雲を見上げながら、ミナモとトクサネをつなぐ連絡船に小さく手を振った。最初はぎこちなかった戯れの仕草も、いつの間にか人に向けられそうなくらいには上達した気がする。
教室の窓の向こうなど、通り掛かる船から見えるはずもない。それでいい。これは遠く海を渡る船にほんの少しの想いを乗せる、私なりの願掛けなのだ。
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誰もいない教室で、昨晩の花火の香りを思い出す。目を閉じて潮風とさざなみに耳をすませば、暗い夜空に咲いた夢のような彩りをもそこに見るようだった。あの子の声も一緒だ。
「キミはどこにいるのかな」
もし叶うなら、また会いたい人がいる。あの子だけじゃない、いろんな人に。言い足りないことがたくさんあった。もっと夢中で遊んでみたかったし、約束がしてみたかった。
永遠に変わらない、画面の中にたたずむ彼らの姿を閉じたまぶたの裏に浮かべる。もう会えない言葉を歪ませないよう丁寧に思い起こした。忘れたくない。どうか変わらないで。
『ヘッドホン、外せよ。』
聞いたのはレイメイの丘との別れ際。投げかけることにためらいのない、凛とした声だった。あの日から塞ぐことをやめた耳の寂しさと不安は、今や懐かしさを覚える。
まっすぐに人を射抜く夕日色の視線。怖いほどに飾らない言葉。そのどれもがまるで刺さるような心地だったことを覚えている。私の離した距離など、彼の奇を衒わない言葉の前では何の意味もなかった。
不意に強く吹いた海風が前髪を遊ばせる。まつげにふれてくすぐったい髪を耳にかける。耳に触れたままの手を髪に伝わせて、やわく痛むまぶたを抑える。彼の声と言葉をなぞるときに決まってこみ上げるこの痛みを、私は忘れてはいけない。
『あんた、何が怖いんだ』
なびく淡い紫色。逃げようのない問い。視線と共に夕暮れに射抜かれた。
私は。
『……誰かに、』
そう、私はあのまっすぐすぎる言葉が怖くて。
なのに押し黙ることも、向き合うこともできなくて。
『……誰かを、好きになること』
答えた。けど、嘘をついた。いや、嘘にもなりきれない、違う言葉に逃げた。答えられずにいたなら、どれほどマシだったろう。変えられない嘘と、彼に知りようもない罪悪感があの日の記憶をより鮮明にしているのが、何とはなしに皮肉めいている。
もしもまた会えたら、本当に怖かったことをちゃんと言いに行ってみたい。本当はね。
「誰にも嫌われたくなかったんだ」
覚えてなくてもいい。変わっていてもいい。私が覚えているから。
もしちゃんと本当のことを言えたら今度はいろんなことを話してみたい。聞いてみたい。どう尋ねればいいのかは分からないけど、例えば、人の手の引き方だとか呼び止め方を。ためらわない手の伸ばし方なんかを――。
ほんの、ほんの一度だけだとしても構わないから――誰にも分からなくとも――この海を越えて、私のこの手がまた会いたい誰かに振れていますように。