私は庭の噴水の前で、なんだか落ち着かなくて、そわそわしていた。
腰まで伸ばしていた髪を切ったのは、私。肩にも届かないくらいのボブカットになったのも、私。鏡の中で新しい自分を見たときは、ドキドキして自分の思い切りに浮かれた気分だったけれど、すぐに不安になってしまった。
(……ナギ、なんて言うかな……)
コナギ――私の幼馴染で従者で、許婚でもあるナギ。
その彼の目に可愛く映りたいって思ったのは、いつからなんだろう。気がつけば、彼の言葉や仕草が気になって仕方なくて、いつだって目で追っている自分がいた。
私は、私を変えたかった。この気持ちに気付いてからというものの、今までのようにナギとうまくお喋りができなくなった。彼の目に私がどう映っているのかばかり気になって、丁寧に整った言葉を選ぶうちに時間だけが過ぎてしまう。またいつものように話したい、でも勇気が湧かない。行き詰まった私は、ナギに「どうされたのですか」と聞いてもらいたくて、そしてもし叶うのなら「お似合いです」なんて言ってもらいたくて、ずっと伸ばしていた髪を切るという“きっかけ”を自分から作ることにした。
今思えば前髪だけでもナギなら気付いてくれたかも……と思ったりなんてするけれど、でも、ほんの少しでも、ナギに「可愛い」って思ってもらいたかった。
けど、ナギにどう言われるのか、それとも何も言われないのかを考えると、胸が苦しくて泣きそうになるくらい緊張してしまう。恥ずかしくて会いに行けなくて、こうして庭でひとり、時間を潰している。
〜
「お嬢様?」
突然、低い声がして、私はびくりと肩を跳ねさせた。振り向くと、そこにいたのは、最近お屋敷に来たばかりのメラさんだった。使用人の制服に身を包んだ彼は、長身で目立つ人だ。背が高くて声も大きいから、正直に言えばちょっと怖い。けれど、いつも目線を合わせて柔らかな物腰で話してくれるから、嫌な感じはしない。
「あ、あの……何でもありません……」
私は慌ててそう言った。何か変に思われたのか、メラさんはじっと私を見てから、ふと目を輝かせた。
「お嬢様、髪を切られたんですね!」
そして、嬉しそうに続ける。
「すごく可愛いです!とってもお似合いですよ!」
思わぬ言葉に、私の頬は一気にぽんと熱くなる。
「えっ……そ、そう、ですか……?」
「もちろんです!短い髪もいいですね。今までお淑やかだった印象が明るい感じになって、すごく素敵です」
メラさんは、少しも迷いなくそう言ってくれた。
私は俯きながら、小さく「ありがとうございます」と伝えた。ほんのちょっとだけ、不安が和らいだ気がした。
〜
そのあと、メラさんと少し話してから部屋に戻った。鏡の前に座って、自分の髪をそっと触ってみる。
(……ナギも、可愛いって言ってくれるかな……?)
もしそうだったら、どんなに嬉しいだろう。そんなことを考えている自分に気づいて、また顔が熱くなる。
「……私ってたんじゅんなのかな」
自分で呟いて、照れ隠しのように笑った。
でも、心のどこかで、誰かに褒めてもらうって、こんなにも安心するのだと知ることができた。そのきっかけをくれたメラさんには、少し感謝している。
(ナギに会いに行こうかな……でも、もう少しこの気持ちを落ち着けてから……)
そう思いながら、私は小さな期待を胸に、また鏡を見つめた。