濃い味のカレー

 バイトが休みのある日のこと、私はヴァニルの近くまで訪れた『友達』に会いに行っていた。いつものように夜寝る前に電話していた時、その友達――シナバーさんから一緒にキャンプをするのはどうかと声をかけてもらったから。
 町から少し離れた場所で待ち合わせて、再会を喜びながらキャンプ地を探す。森の奥に差しかかる前、少しだけ開けた草地に辿り着いた。風が気持ちよくて、陽射しもやわらかくて、きっとここが今日のお昼の場所になる。そう思っていたら、先に歩いていたシナバーさんが足を止めて、振り返った。

「……ここにしようか。風もあるし、虫も少なそうだし」

 私はこくんと頷いて、バッグからレジャーシートを取り出す。慣れない旅装備で少し手間取っていたら、シナバーさんが何も言わずに隣にしゃがみ、シートの端を押さえてくれた。 

「ぁ、ありがとうございます」
「いや……。俺が広げるより、リリーさんのがきれいにできるし」

 声に棘はない。口調は少し無愛想に見えるのに、ちゃんとこちらを見て言ってくれる。シナバーさんはそういう人だ。

「……カレー、しかないんだけど」

 そう言いながら差し出されたのは、小さな鍋をそのまま保温バッグに入れてきたらしい即席のカレー。ご飯もちゃんと炊いてあって、持ってきた簡易容器にぽってりとよそってくれる。

「すごい……お外でもこんなにちゃんと作れるんですね」
「いや、具材も大してないし、調味料も雑で……味、期待しないほうがいいと思う」

 それでも、誰かが自分のために作ってくれたものって、どうしてこんなにあたたかいんだろう。

「私も、サンドイッチ作ってきたので……よければ、こっちも一緒に」

 包みを差し出すと、シナバーさんが少しだけ目を丸くして、そっと受け取ってくれた。

「……いいの?」
「えっ、ぇえと……! 無理に、っていう意味じゃなくて、でも、あの、せっかくなので!」

 言葉が空回りして、慌てて手で包みを押し付けると、シナバーさんは小さく笑って――なんだか、それがちょっとくすぐったかった。

「……じゃあ、少しだけ。ありがとう」

 ふたりでカレーとサンドイッチを分け合いながら、草の音に混じるポケモンたちの気配を聞いていた。向こうでアルファさんがとぐろを巻いて日なたぼっこしていて、パムちゃんがその隣で気持ちよさそうに寝息を立てている。
 不思議と、静かだった。でもそれは、寂しい静けさじゃなくて、穏やかで、あたたかい音のない時間だった。

「……どう? カレー」
「お、おいしいです。すごく……こう、香りが、しっかりしてて……!」

 あんまり味のことを言うのは失礼かもしれないけれど、本当にそう思ったから。すると、シナバーさんはちょっとだけ肩をすくめた。

「正直、俺、味とかあんまり分からないんだけど……。でも、そう言ってもらえると、助かる」
「……あの、シナバーさんって、いつもこうして一人でご飯食べてるんですか?」

 ぽろっと、聞いてしまった。少し踏み込みすぎたかもしれないと思ったけれど、シナバーさんは否定も肯定もせずに、短く答えてくれた。

「……誰かと食べるの、久しぶり。こんなふうに、座って、並んで」

 私の胸の奥が、きゅっとなった。
 そうだ、私も、そうだった。誰かと一緒にお昼を食べて、美味しいねって笑い合えることが、ずっと夢みたいだった。

「……私、また、こうして一緒にご飯食べられたら、嬉しいです」

 シナバーさんは、少しだけ目を伏せていた。私と目を合わせることはなかったけれど、そのままカレーのスプーンを静かに口に運びながら、ぽつりと呟く。

「俺も……また、こうして会えたら、って思ってる」

 たぶん、その言葉は、いつもの彼の正直で率直な言葉なんだろうけど。
 私は顔が熱くなって、うつむいてサンドイッチの包装を丁寧に畳んだ。風がふわりと吹いて、シートの端がひらりと舞う。辛いものは苦手だけど、別に食べていたカレーがそうだったわけじゃない。
 隣にいるのは、私の大切な、友達。
 ……だけど、もしかしたら、もう少し違う気持ちがこの胸にあるような気がして。さっきまで口に広がっていた濃い味のカレーがいつの間にか遠くなっていた。