紅茶の湯気がカップから立ち上る中、私はテーブルの書類を眺めていた。書き損じた書類の山を前に、ため息をつく。父から頼まれた企画書作りが、どうにもうまくまとまらない。
「……どうしよう」
誰にも聞こえないように呟くと、扉をノックする音が聞こえた。
「お嬢様、失礼します」
入ってきたのはナギだった。いつものように完璧に整った身なりで、一歩後ろを歩く従者の姿そのもの。私は少しほっとしながら、彼に声をかける。
「ナギ、ちょうどよかった。これ、少し見てくれない?」
手渡した書類をナギは目を通し、すぐに首をかしげた。
「全体の構成が曖昧です。重要な要点が散らばっています」
「……やっぱりそう思う?」
「ええ。このままでは父上様にお渡しできません」
冷静な口調に少し胸がチクリとするけれど、それが仕事中のナギだと分かっているから仕方がない。
「じゃあ、どう直せばいいと思う?」
私が訊ねると、ナギはすぐに机に向かい、ペンを取り出した。
「こちらの部分を冒頭に持ってきてください。序盤に要点を述べましょう」
指示は的確で、素早い。私は言われるがままペンを動かした。
「次に、こちらの点を補足してください。簡潔さを維持しつつ、説得力を高めます」
「は、はい……!」
必死にメモを取りながら、私は改めて彼の仕事ぶりに驚かされていた。ナギの助言を加えるだけで、書類の内容がどんどん整っていくのが分かる。
「……これで、だいぶ形になったかな」
完成した書類を手に取りながら、私はようやく笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、お嬢様。これなら問題なく父上様にお渡しできます」
ナギが礼儀正しく一礼する。従者としての言葉に少し寂しさを感じるけれど、私は意を決して、彼に一言を投げかけた。
「ねぇ、ナギ」
「はい、お嬢様」
「ナギがいてくれるから、私も一緒に頑張れるの。……ありがとう」
彼は、いつものように返事をする。
「それが私の務めです」
その声がいつもよりほんの少しだけ優しく聞こえた気がしたのは、私の気のせいだろうか。そうであっても、そうでなくても、そばで支えてくれるナギの温かさがどうにも嬉しい仕事中の一幕だった。