チョコの味は、

「ドラウズさんこんにちは! お待たせしました」
「よく来たな。今日も時間ぴったりだ」

 ランチも済んでおやつ時、ねむりの研究所のエントランスは今日も温かい。ドアを開ければすぐ穏やかな氷色の瞳と目が合う。ほー、と挨拶してくれるラヴェンナちゃんの頬をそっと撫でると、首をくるりと回してヨルノズクらしく返事をしてくれた。
 ラヴェンナちゃんに見つけてもらって、ドラウズさんに相談をするようになってからしばらく経った。大体二週間に一回――たまに町でドラウズさんを見かけたらその時も少しだけ話すけど――私はねむりの研究所の相談室を利用する。大体いつもの曜日に電話をかけて、大体いつも空いてる時間に予約を取って。
 冷えるようになってきた相談室にハーブティーの湯気がふわりと立ち上る。温かいお茶に口をつけてホッと一息ついてから、お話が始まる。

「最近は眠れているか?」
「はい、えっと、このところは割とちゃんと……。バイトの時間を調整して、夜ふかしする日を決めてみたんです」
「ふむ、それは必要な睡眠時間を確保しつつの計画的な夜ふかし……ということだろうか」
「そんな感じです……! ドラウズさんとラヴェンナちゃんのお話を参考に、少しずつ生活をポケモンたちに寄り添える形にしてみようと思って」

 具体的には、週に二日ほどマスカーニャさんと夜に散歩をする習慣を作った。次の日は遅く起きても大丈夫なように調整して、一緒に過ごす時間を増やしてみた。結果としては、少しだけど良くなってきつつある、その途中。作った時間にマスカーニャさんが散歩に行きたがらないで寝てしまう日もあるし、逆もある。けど、無理やり叩き起こされて夜の町に引っ張り出されることは少なくなったから、きっと方向性としては間違ってない……と思う。
 
「マスカーニャと君、双方の間で習慣が定着していくほどイレギュラーなケースは減っていくだろうな。ブランカのほうはどうだろうか」
「ブランカは……少しだけ、変わってくれたって言ってもいいのかな」

 ドラウズさんに、前にノートシティの近くを通りがかったときのことを話す。迂闊だった私をブランカが身を挺して守ってくれたこと、声を上げてくれたこと。私もブランカを守りたいと思ったとき咄嗟に体が動いたこと。それ以来……ううん、それまで私が気付いていなかっただけかもしれないけど、ブランカがそっとボールの外に出ている姿を見かけるようになった。深夜にふと目が覚めたとき、ベッドのそばにリボンの先が見えることがある。声をかけたらこの時間が崩れてしまいそうで、私は何もできないけど……そばにいて、守ってくれてることを知った。
 
「……あまり危ないところに行ったり見知らぬ人の話を聞くときはまず警戒するように。ひとまずは君もポケモンも無事で良かったが……。ブランカと君の関係も、少しずつ変わっていく兆しが見えてきたかもしれないな」
「これからも少しずつ仲良くなっていきたいです、このふたりと」
「ふむ。君の生活のそばにマスカーニャとブランカが馴染めるよう俺も考えてみよう」

 そう言ってドラウズさんはお茶菓子をつまみながら少し考える素振りを見せた。合わせてお茶を一口いただく。ふんわりとした花の香りと、口に広がる柔らかな渋みが好みで嬉しい。そして私もお菓子をつまむ。今日のお茶菓子は軽い口当たりのフィナンシェ。すっきりとした口の中にバターのしっとりとした甘みが広がって相性が大変素晴らしい……。

「ドラウズさんって甘いものお好きなんですか? 今日のお茶菓子とっても美味しくて……」
「あぁ。チョコもあるが、食べるか?」
「わ、ぜひ」

 ドラウズさんが引き出しから小さな包みに入ったチョコを二粒ほど取り出して渡してくれた。大きな手から甘いお菓子を手渡してもらうことに少し意外性のようなものを感じると同時に、お茶によく合うお菓子をお店で選んでくれている姿を想像してちょっと微笑ましい気持ちになる。
 
「こんなふうにポケモン達とおやつを食べてみるのもいいんじゃないか」
「そうですね……ブランカは私と同じでお茶とかが好きで、マスカーニャさんはスパイシーで辛いものが好きみたいなので、いつものご飯以外にももっと一緒に交流できたら仲良くなれる気がします」

 チョコを一粒口に含んで、とろける甘さを味わう。慣れ親しんだ味わいに心がホッとする。ブランカは甘いものが好きじゃないからこのチョコはあげられないな。マスカーニャさんはどうだろう、食べてくれるとは思うけど一粒じゃ物足りないかもしれない。

何もできない、何も話せない、それに耐えられない。そう思って家を飛び出したあの日より、分かることがずっと増えた。こうして見つけてもらったり、伝えたいと思えば知ろうとしてくれる人がいることも。

今日はおやつを買って帰ろう。私はあなたの好きな味を知ってるから。