赤く塗られた扉が目の前にあった。手をかけてゆっくり開くと謎の文様が浮かび上がる。この部屋に入ったことは学生時代も指導員になってからも一度もない。
文様は私の知らない防護魔法の陣か、それとも入退室の記録がされる自動書記系の陣だろうか。火薬草の保管室にあった防火の魔法陣もそうだが、今のように魔法を使えないという類を見ない非常事態でも作動して効力を発揮してくれるというのは非常に心強い。私も高温を感知して自動的に周囲の水分を吸収、発散する普通火災用の魔法陣などをよく作成したりメンテナンスをしたりするが、それらも今どこかで作動してくれているのだろうか。窓のない研究棟から外を窺い知ることはできないが、どうか誰かの助けになっていてほしい。強力な魔法は脅威を跳ね除けると同時に誰かを傷つけもするが、人々を守ったり希望を抱かせる光になり得るものであると私は信じて疑わない。今作動している『魔法を封じる魔法』も、元はきっと人々を脅威から守るためのもののはずだ。
私の尊敬しているとある教師は非常に魔法を扱うことに長けている。入学前に見学したその人の授業を今も忘れられない。今まで知らなかった、私を取り巻く世界の仕組みの一欠片がするりと紐解け、記憶と知識を結びつけていく。その授業で取り扱う魔法の知識はまさしく私にとって鮮烈な世界の欠片そのものになった。
「……頑張らなくちゃ」
何が起こっているのか、その全貌は未だほんの少しも掴めない。けれども私は備えた知識とこの場所にあるすべてのものを使って、このまったく未知の脅威を知らなければいけない。きっとそのための、世界の一欠片だったのだろうから。