栗鼠と火薬草

「これは……火薬草」

袋に刻まれた防火の魔法陣を見て、水をまとわせたつもりでいた無防備な手に気付く。今のところ目立った命の危険に晒されてはいないとはいえ、この未曾有の緊急事態で魔法が使えないことを度々忘れそうになってしまうのは如何なものか。

袋の中で摩擦を起こさないよう、慎重に火薬草を取り出してみた。湿気たり傷んだりはしておらず、人のいる場所へ持っていけたら何か作る足しになるかもしれない。そんなことを思案しながら、そっと束の中から一本を取り出して眺める。この品種は乾燥させて粉末状にした草全体が引火性を持つものだったか。

ふと、頬が緩む。火薬草を見ているうちに、ある友人のことを思い出したのだ。その友人は向上心に満ち、勉学の才とつよい志を持ち、自分よりずっと早くにこの学園を卒業した栗色の才女。隙のない凛とした雰囲気とは裏腹に、時折見せる律儀さや人を慮る優しさは、喩えるならまるで火のようだ。火傷を負うことも負わせることも厭わないほど力強く苛烈でもあり、時に儚げで寄り添うのに心地よい温かさがある。学生時代から今に至るまで、自分は持ち得ない彼女の”火”の性質には深い尊敬を覚えるばかりだ。

指先で軽く摘んだ火薬草を軽く揺らすと、葉と葉が触れ合ってチリチリとした熱っぽい音がする。ふふ、と思わず声が零れた。彼女当人からすれば未だにあまり笑い事ではないかもしれないが、どうしても忘れられない出来事がある。いつだったか。学生時代の彼女が臨んだ試験で、あの得も言われぬふわふわの尻尾に火がついたことがあったのだ。卒業して学生時代からさらに経験を積んだ今なら、もしボヤ騒ぎが起きたとしても火属性魔法で鎮火したりできるだろうか。この事態が解決したら今一度、ボヤ騒ぎや火にまつわるトラブルへの水属性魔法での対処法を確認しておこうか……。いけない、何だか彼女に対してややひどいことを考えている気がする。胸の奥の良心がチリチリと傷むのを感じ、クルミやナッツ系のお菓子を持っていなかったかを思い返しながら火気厳禁の部屋を後にした。