生きているものは、誰しものろいにかかっている。生きる時間と引き換えに、大小さまざまなのろいを背負うのだ。
ツカサはひとりでに体ごとうなずきながら、板を指先でつついている。先ほどから何度も板のふちにひたいをぶつけているが、一向にやめる気はないらしい。約三日、知らない土地で過ごして疲れていることは傍から見ても明白だが、この子は世界の出来事を読んでいる。いくつか読んでおかないと気になって眠れなくなるらしく、習慣とはときに恐ろしい。これもある種ののろいだろう。
私とツカサ以外誰もいない長椅子。暗く、明るく、窓の外は橙と群青ばかり。小刻みに揺れる広い布地に腰掛けているのは、なかなかどうして心地よい。
「ネイティ。……どうだった、レイメイの丘。」
鉄と石を打つような音が大きく響くのは何度目か。窓の外が暗くなる。彼女の顔はよく見えない。それでも、私を呼んだくせに意識はどこぞの空にあるのだろうことは何となく分かる。加えて、誰に似たのか彼女の話は回りくどい。流暢に言葉を交わせない私しかいない場所でも、主観を交えた話をすることをためらうのだから。返事の代わりに肩へ飛び乗り、髪を軽くついばんでやった。キミはどうなんだ、と。
「全国各地で今回のような合宿は開催されてるみたいでね。数年前からか。同じくらいの経験と年代の人同士でコミュニティを作る機会があるのは良いと思う」
眠そうだ。いつも無理に引き結んでいる一文字の口も、几帳面に光らせている目も、すっかりおとなしい。ダメおしにうたでも歌うか、さいみんじゅつかが使えたら良かったがそうもいかない。かなしいことに、こういうとき私は無力だ。この子を寝かしつけられそうな人間もここにはいない。
ツカサが板をつつく指先の、ふわふわと宙をさまよう時間が伸びてきている。調べ物をする頁を選ぶ指先に、薄暮の空とジョーイの研修会、そして花火が見えた。キミが本当に読みたい、知りたいものは世界の出来事でないだろう。理由がほしいために指先は眠気の霧にまぎれて言い訳を描いている。いくつも言い訳をしないと届かない場所に、キミは大切なものをしまいすぎている。
「ねぇ、私、帰りたくないんだ。家に」
知っていた。それに、もっと言いたいことがあるだろうに。ぼうふうのような音と暗闇は遠く、窓の外に夜空が見える。月は薄い雲でおぼろげだった。
「ネイティ。……着いたら起こして」
返事の代わりに、寝床へ戻る。どこで覚えたのか、あいまいな笑みに本心を覆い隠すふり。今日ばかりはその成長に応えてやるのも悪くない。目が覚めた時どうするかは、キミのことだ。とっくの昔に読んだんだろう。
じきに私もツカサも夢を見る。夢の中でくらいは、どうか縛られずにいてくれやしないか。
ツカサ、キミののろいはいつか解けるのだろうか。