透明の騎士と魔法のキス

 2月24日の夜。時刻は日付が変わる少し前。ふわふわのパジャマを着ていても、コランダの夜風は少し冷たい。でもそんなことが気にならないくらいに胸の奥は高鳴っていて頬が熱い。丁寧にリボンをかけた箱を持って、空百家と鬼若家を繋ぐ庭を小走りで抜けていく。
 日付が回れば、明日は――。

「ナギ! 待たせてしまった? 寒くはない?」
「別に。寒くねーかってのはこっちのセリフだけど」

 ぶっきらぼうな言葉の中に隠しきれない彼の優しさが温かい。自分のマフラーをさらりと私に巻いてくれるところとか。
 何気ない、今日のお仕事はどうだったとか、私が最近お菓子を食べ過ぎじゃないかとかみたいなお小言を聞いては笑う。小さな鳥のハミングのような、さえずりを交わし合う。ナギのお仕事が終わった後の、『私達』だけで紡ぐ時間の、この歌が好きだ。
 そうして弾んでいたお喋りが、少しずつ静かになっていく。私がスマホロトムを呼び出して、時刻をチラチラと見やるようになったからだ。3、2、1……!

「お誕生日おめでとう、ナギ!」
「ん。……ありがとな」

 お祝いの言葉と共に、包みを渡す。いつものナギの少し気を張っているような表情がふっと柔らかくなったのを見て、思わず頬が緩んでしまう。そしてそれを汚したりしないように懐に入れてから、ナギはこちらへ向き直る。……今年も同じ言葉を彼は言うつもりなのが分かって、少し切なくなる。

「大事にする。……もう遅い。部屋まで送る」

 受け取ってくれるだけで、嘘をつかない彼が「大事にする」と言葉にしてくれるだけで、十分すぎるくらいなのに、もっと確かなものがほしくなる私は欲深いのだろう。穏やかな凪のようでいて、本心の見えない朱色の瞳に問いかけを投げる。

「ナギは……本当は何が欲しかった?」
「何がって……。そんなもん……」
「私がくれるなら何でもいい、は無しね」

 凪いだ朱色が少しだけ伏せられて、長いまつ毛が影を落とす。珍しく悩ましげな彼の表情がどことなく美しくて、ついじっと見つめてしまう。ナギにはそれが答えを強く求められているように映ったのか、さり気なく目線を逸らされる。……珍しい。ナギが困っている。そうして白い息が夜風に拐われていくのを何度か見送った頃、ようやく彼は口を開いた。

「……分かんねえ」
「ふふ……そうじゃないかと思った」

 いつもは何でもこなしてしまうナギの、数少ない弱点。それは「自分の『好き』が分からない」こと。ナギはとても、という言葉では足りないくらい……私が知る限り世界で一番優秀な「従者」だ。生まれながらに空百に仕える鬼若の使命を背負い、それを今に至るまで完璧に全うしている。仕事も習い事も、持ち前の要領の良さを活かしながら、その上で改善と努力を怠らない。信じられないくらい勤勉すぎるけど、それが「ナギ」だ。しかし、彼は「従者として優秀すぎた」のかもしれない。滅私奉公の精神が行き届きすぎているのだ。
 ナギは私の好きなものを全部知ってくれている。紅茶に入れる角砂糖の数、マカロンのフレーバー、お昼寝のお供のソファとぬいぐるみ……他にももっと。でもナギは?進んで選ばないものは分かる。彼はアイスクリーム屋さんの期間限定の変わり種フレーバーを食べない。あと、肉料理よりかは魚料理。お部屋に遊びに行くと決まって出てくるお茶は棒ほうじ茶。でもそのくらいなのだ。私が知っている彼の好き嫌いなんて。
 ナギの「好き」を知りたい。ナギの「好き」を見つけるお手伝いがしたい。それを世界の誰より一番に知りたい。今は透明でも、色を付けていけばいつか輪郭が見える。もし空っぽだったら?その時は……一緒に最初から作っていけばいい。私が。ナギの、隣で。

「ねぇ、ナギ」
「んだよ」
「もう一つプレゼント」
「……?」

 立ち上がって、振り返る。ナギをまっすぐに見つめて、手を差し出す。

「私、夜更かしが好きなの。……ナギも好きになってくれる?」

 

***